2011.09.29 : 平成23年_第3回定例会
「都民の防災・危機意識の喚起」

二十三番(早坂義弘君) 

 次に、都民の防災、危機意識の喚起について伺います。
 東日本大震災では、二万人もの死者、行方不明者が発生しました。心からお見舞いを申し上げます。
 この間、何よりも私の心に残ったのは、釜石の奇跡、すなわち、岩手県釜石市での死者、行方不明者、一千二百人のうち、小中学生はわずか五人だったという事例です。
 ある中学生たちは、避難の途中、幼稚園や小学校の子どもたちに遭遇しました。そこで、ある者は小学生の手を引き、ある者は幼児の乗るベビーカーを押して走りました。指定の避難場所に到着したものの、そこも危険だと自分たちで判断し、さらに高台に避難したおかげで、間一髪、一人の犠牲者も生まずに済んだという事例がありました。これは、津波から絶対に命を守るという強い危機感のもとで行われた防災教育の大いなる成果であります。
 釜石の中学生たちは、単に助けてもらうだけの存在ではなく、みずから率先して避難し、さらに自分より弱い立場にある人たちを助ける側に回りました。これを見れば、釜石の防災教育が、実は人間教育ともいえるものであり、見事なまでの成果に私は強い感銘を受けるのです。
 では、東京においてはどうでしょうか。東日本大震災は津波という水の被害でしたが、私たちが備えるべき首都直下地震では、火災による被害が想定されています。関東大震災や東京大空襲など、大火災によって何万人もの犠牲者が生まれた歴史を二度と繰り返してはなりません。逃げ場を失った人々が阿鼻叫喚をきわめて焼け死んでいったのです。
 そこで、今求められるのは、木造住宅密集地域の解消や緊急輸送道路沿道建築物の耐震化です。しかしながら、そのための施策がほとんど進んでいないことは、緊急輸送道路沿道建築物の耐震化がいい例です。昨年、内容が強化され、耐震診断に係る補助率は十分の十に引き上げられましたが、実はそれ以前も、五分の四という高いものでした。加えて、沿道建築物の所有者に対し、都庁職員が戸別訪問をして意識啓発を図ってきました。しかし、対象一万二千軒、うち四千軒は戸別訪問までして、耐震診断に結びついたのはわずか三十九軒、〇・三%にすぎなかったのです。
 そこで、あめとむち。すなわち、あめの方は、究極ともいえる補助率十分の十。むちの方は、義務に反して診断を受けなかった場合、その事実の公表という手段で、今度こそ耐震化を進めようとしています。
 つまり、行政がどんなに働きかけても、肝心の都民自身が、みずからの私有財産の耐震化、不燃化を進めない限り、防災まちづくりは進みません。切迫する首都直下地震、あるいは東海、東南海、南海の三連動地震から、私たち都民の生命と財産を守るために、最も必要なのは都民自身の強い危機感です。
 そこで、都民の防災、危機意識の喚起について、知事のご見解を伺います。
 危機意識の喚起という観点から三つ提案があります。
 一つ目の提案は、都内すべての中学生に、三時間の普通救命講習を、そして、高校生に八時間の上級救命講習を受けてもらうことです。助けてもらう側から助ける側へ、卒業証書と一緒に救命講習の認定証をつけて渡せば、自分は助ける側にいるのだという意識啓発にもなるでしょう。だれかが倒れたら、すっと近くの若者が駆け寄る、オリンピックを迎える二〇二〇年には、そんな社会を実現させようではありませんか。
 二つ目は、防災都市計画博物館の設立です。二〇一六年東京オリンピック招致の際、森ビルの協力で一千分の一スケールの都市模型をつくりました。北京、上海、ソウルの各都市では、この都市模型が都市計画博物館に設置され、現在、過去、未来の都市の発展について、市民自身が学べる仕組みになっています。しかし、東京には都市計画博物館そのものがありません。
 木造住宅密集地域に火災が発生したら、どのように延焼するか。海抜ゼロメートル地帯はどこまで広がっているか。どれだけの大雨に、河川と下水道は耐えられるか。富士山が噴火したら、東京に火山灰がどれだけ降り積もるか。環状道路の渋滞緩和効果はどれくらいあるか。そういった東京という都市の魅力、特徴、弱点を都民自身が理解し、危機感と将来の夢を腹の底から感じられる仕組みをぜひつくりたいと思います。
 三つ目は、備蓄についてです。職域における備蓄は、これまで会社や学校という組織が、みずからの構成員のためにまとめて倉庫に用意しておくという考え方が主流でした。しかし、個人でできることは、最低限、自分自身で頑張ってもらうというように考え方を変えてはどうでしょうか。手始めに、ペットボトルの水は倉庫にではなく、自分自身のロッカーに自分で用意する。だれかのためにもう一本プラス用意できればなおいい。東京じゅうの職場でそれが実行できれば、たった水一本だけのことで、防災への認識が、がらっと変わります。
 つまり、防災とは、だれかに助けてもらうことではなく、自分自身の努力なのだという意識革命を、具体的な行動を提示することで促すべきです。東京都が着手した防災隣組は、自助と共助を進める仕組みだと考えます。
 そこで、この防災隣組をどう進めていくのか伺います。

◯知事(石原慎太郎君)

 次いで、都民の危機意識の喚起についてでありますが、都から被災地に職員を派遣しておりまして、その報告の中にもありましたが、都会に生まれて、都会で育った若手の職員にとって、地域のつながりや被災をしながらも社会のために尽くす人々の姿に、非常に強い鮮烈な印象を受けたようであります。
 例えば、比較的若い世代といいますか、五十代の被災者が、みずから重くたくさんの食料を台車に積んで、坂道の住宅街を上って、高齢の被災者に届けていたそうでありますが、そういった姿は、人々の連帯によってこそ成り立つ人間社会の本来の姿を、都の職員たちにも、若い職員にも気づかせてくれたと、非常に人生にとって得がたい体験をさせてくれたものだと思います。
 私のような世代は、隣近所のきずなの中で育ってきましたから、戦後、義務や責任がないがしろにされて、また、自分を産んで育ててくれた両親と住みたくないという若いカップルは家族を核家族化しまして、地域のつながりもなくなり、家の中でも、家族の中でも連帯が薄れていくという、そういう世代がふえる中で、今回の大震災は、我々がみずからを省みる重要な機会としなくてはならないと思っております。ゆえにも、今日の東京の実情や特性を踏まえ、防災隣組を構築していくつもりであります。
 これを発表しましたときに、ばかなメディアが幾ら予算をつけるのかといいましたが、私は一笑に付しましたけれども、これはあくまで心と心のつながりの問題でありまして、そんなもの幾ら高い金を積んでもできるものじゃありません。
 そうした状況の中で、震災に直面した方々の生の声や専門家の知見、震災の実際の映像によって、必ずやってくるであろう地震の怖さを都民にわかりやすく伝えて、危機意識の喚起をしながら、都民一人一人が地震を我がこととしてとらえて、防災の担い手であるという自覚を高めていってもらいたいものと思っております。
 他については、関係局長から答弁します。
   〔総務局長笠井謙一君登壇〕

◯総務局長(笠井謙一君)

 防災隣組の取り組みについてでございますが、都民一人一人が震災に対し危機感を持ち、自身が防災の担い手であるという意識を持ち行動することは、地域の防災力を向上していくために大変重要でございます。
 このため、都民の自助、共助を強める取り組みであります防災隣組の構築に着手をいたしました。地域のきずなが希薄となった東京におきましても、木造住宅密集地域における区民レスキュー隊、都心部の企業による企業防災隣組など、共助の取り組みが行われております。
 そこで、区市町村とも連携いたしまして、こうしたさまざまな取り組みを発掘、後押しすることで、新たな活動を誘発し、より多くの都民の参加を促していきたいと思っております。